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熊本地方裁判所 昭和27年(ワ)251号 判決

原告 鹿野勇

被告 坂本静雄

主文

被告は原告に対し金三十九万八千六百円及び之に対する昭和二十四年一月一日より完済に至るまで年一割の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は原告が担保として金十五万円を供託するときは仮に執行することができる。

但し被告が担保として金二十万円を供託するときは右仮執行を免るることができる。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決並に保証を条件とする仮執行の宣言を求め其の請求原因として原告の父鹿野辰次郎は昭和二十三年九月二十八日訴外坂本厚生に対し金四十一万五千五百円を利息月五分、弁済期同年十一月三十日の約定で貸与し被告は同訴外人の右債務について保証をした然るに被告等は同年十二月末日同日迄の利息及び右元金の内金一万六千九百円を支払つただけで其の余の元利金の支払を為さない而して原告の父辰次郎は本訴提起後昭和二十七年五月二十四日死亡し其の妻鹿野スエ及び其の子である原告並に鹿野初次、沖シズエ、鹿野正雄、花田ヒサノ、鹿野テル子に於て遺産相続をしたのであるが昭和二十七年八月二十日右共同相続人間に於て遺産分割の協議を為した結果原告以外の他の相続人は本件債権の相続分を夫々原告に譲渡し昭和二十九年二月九日被告に対し右債権譲渡の通知をした斯くて本件債権は原告に帰属するに至つたが主債務者である訴外坂本厚生は全く無資産者であるから保証人である被告に対し右残元金三十九万八千六百円及び之に対する昭和二十四年一月一日より完済に至るまで利息制限法の許容する年一割の割合による遅延損害金の支払を求むる為本訴に及んだと陳述し原告の主張に反する被告の抗弁事実を否認し受継手続は不適法であるとの抗弁に対しては仮に原告先代の死亡後その共同相続人間に為された遺産分割の協議が無効であるとしても本件債権については原告以外の他の相続人は相続に因り所得した持分を原告に譲渡したとして本訴進行中改めてその事実を被告に通知しているのであつて孰れにせよ本件債権は原告に帰属するに至つたものであるから被告の抗弁は理由がないと述べ催告検索の抗弁に対しては既に時機に遅れた抗弁であるのみならず被告訴訟代理人は昭和二十八年十月八日の口頭弁論で被告の答弁書中訴外坂本厚生は他に相当の資産を有するとあるのは催告検索の抗弁を為しているのではない旨釈明し明かに抗弁権を抛棄しているから今更該抗弁を為すのは失当であると述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決並に保証を条件とする仮執行の免脱の宣言を求め答弁として原告の主張事実中鹿野辰次郎が原告主張の日に死亡し其の妻スエ及び其の子である原告主張の六名がその遺産相続を為したこと及び原告鹿野勇以外の他の相続人より夫々訴外坂本厚生に対し債権譲渡の通知のあつたことは之を認めるが其の余は全部之を否認すると述べ先づ本案前の抗弁として本件訴訟の受継は不適法である即ち原告は亡鹿野辰次郎の遺産相続人全部の遺産分割協議の結果原告単独で本件債権を承継したと主張するが右遺産分割の協議は実質的には原告以外の遺産相続人の相続放棄である而して相続の放棄を為すには法定期間内に家庭裁判所に対し相続放棄の申述を為し同裁判所に於て受理されることを要するのであるが本件に於てはその手続が践まれていないから右遺産分割の協議は無効である従つて本件訴訟手続の受継は共同相続人全員によつて為さるべきであるに拘らず原告だけで為されているのでこの点で受継は不適法であると述べ本案に付被告は訴外坂本厚生のため本件債務の保証をした事実は全然ないのであるから原告の請求は失当である仮に保証の事実が認められたとしても単純な保証である以上先づ主債務者たる訴外坂本厚生に対し催告を為すべく然かも同訴外人は相当の資力を有するものであるから同人について執行を為した上でなければ被告に対して保証債務の履行を請求することはできない仮にそうでないとしても前述のように原告主張の遺産分割の協議は無効であるから原告としては本件債権に付その相続分の割合に応じてのみ請求を為し得るに過ぎない仍て本訴に応じ難いと陳述した。〈立証省略〉

理由

仍て先づ原告の本件訴訟手続の受継の適否に付按ずるに原告の父鹿野辰次郎が昭和二十七年五月二十一日訴訟代理人に依ることなく原告として本訴を提起していることは記録上明かで同人が同年五月二十四日死亡し其の妻スエ及び其の子たる原告主張の原告外五名に於てその遺産相続人となつたことは当事者間に争がないそこで本件訴訟手続は同人の死亡に因り中断したことは明かであるが原告は同年八月二十日右遺産相続人間に於て遺産分割の協議をした結果本件債権は原告のみに帰属するに至つたものとして同年九月十七日訴訟手続受継の申立を為しその頃右申立書の副本が被告訴訟代理人に領収されていることも亦記録上明である然るに被告訴訟代理人は右遺産分割の協議は無効である旨抗弁するので此の点に付審究するに証人鹿野スエ(第二回)の証言及び同証言により成立を認むる甲第三号証(遺産分割協議書)の記載に依れば前記遺産相続人は協議の上遺産分割の方法として(一)鹿野スエは被相続人生前に相続分に相当する贈与を受けているので分与権を抛棄し(二)原告を除くその他の遺産相続人は夫々羽織一枚宛を取得し(三)その余の不動産外債権債務及び動産一切は原告の取得とすることに決していることは洵に明かである従つて原告を除く他の遺産相続人は実質上相続の放棄と選ぶところなき結果を生じ然かも同人等が法定期間内に家庭裁判所に対し放棄の申述をしていないことは原告の自認するところであるから若し申述の制度を単に放棄者を保護する趣旨のものとしてのみ理解するならばかかる遺産の分割の協議が有効なりや否やについて疑義の生ずるのも一応首肯できよう然し法が相続の放棄に右のような一定の方式を要求しているのは放棄者の真意を確かめることによつてその保護を図ることにもあるであらうが寧ろその直接の根拠はその結果が相続債権者又は受遺者に対し重大な影響を及ぼすからである然るに遺産の分割に在つては本来共同相続人が如何なる分割の方法を執るかはその自由に属し之に対し国家の思意的干渉を加えるの理由に乏しいのみならずその結果如何によつて相続債権等に対し対抗要件の問題を生ずることあるは格別之に対し直接影響を及ぼすことがない是即ち法が遺産の分割については申述の制度を採用していない所以であつて縦令分割の協議によりある相続人については実質上相続の放棄と同様の結果を招来することがあつても-法律上は寧ろ遺産の分割と贈与契約の混合契約として理解すべく-その故に放棄に関する方式の欠缺を理由として右遺産の分割の協議を無効とすべき謂われはない尤も民法第九百六条は遺産分割の基準について規定を設け相続人間に於ける遺産の分割が適正公平に行われることを要求しているがそれは原則的な訓示規定たるに止まり自由意思に基く任意の合意がある限り同条の基準に従はないからといつて分割の協議が無効であると謂うこともできないそうだとすれば分割の協議について他に何等の瑕疵の認め得ない本件に於ては前記遺産の分割は有効であり本件債権は相続の時に遡つて原告に帰属するに至つたものと謂うべく従て原告の本件訴訟手続の受継は正に適法であると謂わねばならない。

仍て進んで本案に付按ずるに証人鹿野スエの証言(一、二回)及び之により成立を認められる甲第一号証の記載に証人中尾久作、同馬場喜代次、同光永芳雄の各証言並に証人坂本厚生の証言(一回)の一部を綜合すれば原告の父鹿野辰次郎は昭和二十三年九月頃訴外坂本厚生より金四十万円の貸与方申込を受け同人の父である被告の保証があれば之に応ずべき旨答えたところ同月二十八日被告と同道の上来訪したので協議の結果辰次郎は同訴外人に対し現金四十万円を貸与すると共に同訴外人の従前の債務金一万五千五百円を併せ元金を四十一万五千五百円とし利息は被告の申出により従前より減額し月五分、弁済期は同年十一月三十日と定めて準消費貸借に改め被告は同訴外人の右債務に付保証を為しその頃同訴外人に於て辰次郎に対しその旨の借用証(甲第一号証)を差入れたことを認むるに十分で証人坂本厚生(一、二、三回)同坂本ヨワイ、同松尾定並被告本人(一、二回)の各供述中右認定に牴触する部分は輙く措信し難く他に右認定を左右するに足る資料はない尤も右証人坂本厚生の供述によれば前記甲第一号証中保証人の署名押印は同証人の手に係るものであることが認められるけれども同人が被告と同道して原告方に赴いた際被告は同訴外人の本件債務に付保証を為すべき旨約諾していたことは前記認定の如くであるから之を以てその署名押印が同訴外人の偽造に係るものとして被告の保証の事実を否定すべき被告有利の資料とすることはできないそこで次に被告の所謂催告検索の抗弁に付按ずるに原告訴訟代理人は昭和二十八年十月八日の本件口頭弁論期日に於て答弁中に「坂本厚生は他に相当の資力を有する」とあるのは催告検索の抗弁の意でない旨釈明しながら口頭弁論の終結直前である昭和二十九年五月二十九日に至り突如として右抗弁をなすのは時機に遅れたものと謂うべきであるが左ればとて右抗弁を放棄したものと認むべき資料もない然し右抗弁のため更に新な証拠の申出等により訴訟の完結を遅延せしむるものとも認められないからこの点に関する原告の主張は採用し得ない而して証人鹿野スエの証言(二回)によれば辰次郎は期限経過後は固より本訴提起直前にも屡々主債務者である坂本厚生に対し履行の催告をしていることが明かであるから催告の抗弁は到底之を採用するに由なく又検索の抗弁に付ても主債務者である坂本厚生に弁済の資力があり且つ執行の容易であることに付何等の証明がないのみならず却て証人坂本厚生の証言(第一回)によれば同人は現在無資産であることが明かであるから之亦排斥を免れない而して鹿野辰次郎は昭和二十七年五月二十四日死亡し其の妻スエ及び其の子である原告主張の五名に於て遺産相続を為し次で昭和二十七年八月二十日右遺産相続人間に於て遺産分割の協議をした結果本件債権は原告に帰属するに至つたことは前記認定の通りであつて被告は右遺産分割の協議は無効であるから原告はその相続分に付てのみ請求し得るに過ぎない旨抗弁するがその有効であることは前段説示の如くであり然かも本件訴訟手続の受継に於て右分割協議書は被告訴訟代理人に呈示されているところであるから原告は之により右債権帰属の事実を被告に対抗し得るものと謂わねばならぬ而して被告等が本件債務につき昭和二十三年十二月末日迄に同日迄の利息又は損害金及び右元金の内金一万六千九百円を支払つたことは原告の自認するところであるから被告は原告に対し右残金三十九万八千六百円及び之に対する昭和二十四年一月一日より完弁に至るまで利息制限法の許容範囲である年一割の割合による遅延損害金を支払う義務があることは洵に明かである仍て本訴原告の請求は爾余の点に関する判断を為す迄もなく全部之を相当として認容し訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条仮執行の宣言並にその免脱に付同法第百九十六条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 堀部健二)

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